須田翔平
営業しにきた会社に逆に魅了されて転職した熱い男

野球に捧げた少年時代
兄の影響で野球に出会いました。
週末は、兄が所属するチームを見学しに行き、プロ野球選手の真似をしたりと生粋の野球少年でした。
小学校に上がり、同じ野球チームに入ってからは、勉強は二の次で
とにかく野球のことばかりを考えていました。(本気でプロ野球選手を目指していました。)
小学校では市大会優勝、県大会3位という成績を残し、
中学は順風満帆に生活していたさなか、そこで人生初めての挫折を経験しました。
チームの中では中心選手として活躍できていてチームが全国大会に行ったとき、
そこで、体が大きく中学生離れした選手を目の当たりにしました。
世の中にはこんな人がいて、こういう人がプロの世界にいくんだと
夢半ばプロ野球選手をあきらめた瞬間を今でも鮮明に覚えています。
そこからは野球に精を出せず惰性で中学校生活を過ごしていました。
高校でも、毎日野球に打ち込みました。
しかし、130名以上いる部員の中で私は陽の目を浴びることは全くなく、
自分の代になってもメンバーに入ることができませんでした。
何度もやめようと父に相談をしましたが、
その度に【自分の人生自分で決めろ】と言われこのままでは何もやりきれない人間になってしまうと思い、どんな結末であれ、最後までやり続けようと決意しました!
そして、高校野球の最後に肩をけがしてしまったこともあり野球人生に終止符が打たれました。
そして就職
大学で就職活動をしていく中でコンサルティングという業界を知り、
こういう仕事がしたいと思い業界を絞ってみていました。
その中で、大人になって金なし、知識なし、人間力なしでは嫌だと思い、
厳しい環境に身を置こうと思っていました。
ある説明会でこの会社を日本で一番厳しい会社にすると言っており、
こんな会社があるんだと心を打たれ、その会社への入社を決意しました。
入社してからは、朝6:00出社で、坊主にしたりとなかなか社会人で味わえない毎日を
過ごしていましたが、この環境で力をつけて出世するんだ!という気持ちで日々くらいついていました。
しかし働いているうちに自分の大切している価値観や、想いとはかけ離れている経営をしていると感じ、燃えたぎっていない自分がいました。(その気持ちは表に出さないようにしていましたが、、、(笑))
Roadとの出会い
そんな中で営業先に行ったとき、出会ったのがRoadです。
本当に社員のことを大切していて、一般的に綺麗事といわれる部分を追求している会社だなと
率直に感じました。
いい会社だなと思いつつも、この会社をお客さんにするぞと必死に手紙を書いたりしましたが
想いはつながらず、結果としては結びつきませんでした。
しかし、個人的にお食事に連れて行っていただくことが定期的にあり、Roadの理念や、目指している夢を聞いていく中で一緒に仕事をしてみたい!という気持ちが芽生えるようになりました。
その中でも、プロ野球業界に足を踏み入れ、球団を持ちたいという想いを聞いた際に過去の経験から私も一緒にその夢を叶えたい!と思いました。
あっという間に一年が過ぎ、仕事をしている中で、Roadのことが頭によぎる回数が増えていっていきました。
当初、自分で決めた会社で貢献するんだ!という想いは変わらずありましたが、日に日にRoadという会社で、同じ船に乗り、夢を叶えたい!自分の想いには嘘はつきたくないと退職を決意し、Roadへの入社を決めました。
入社してみて思ったことは、役員の方だけではなく、社員全員が自分の想いを自分の言葉で話し、
理念に沿った活動をしていることに驚きました。
まだ入社して間もないですが、私も人間力を磨き、理想の自分の姿を実現させていきます。